カルト創価を斬る

(『慧妙』H28.6.16)

(2面)

カルト創価を斬る

    

 元創価学会文化本部書記長・元芸術部書記長  小多仁 伯

       

 第57回

時局に適合した『サヨナラ私の創価学会』 partⅡ

サヨナラ私の創価学会

元公明党議員の証言が多数

 『サヨナラ私の池田大作』パートⅡでは、創価学会と公明党の関係について、多くの批判・指摘がなされています。

 執筆者は多士済々ですが、元参議院議員Fさんは、創価公明党追及の言論戦の先頭に立っておられます。

 関西地方議員であったSさんは、公明党地方議員時代に、公明党が創価学会の顔色ばかり気にしている状態や、その学会の方面最高幹部の不正直な行動を見て、創価公明党に見切りを付け現職のまま脱会し、公明党とも縁を切った、勇気ある議員でした。

 また、千葉県の地方議員Iさんは、公明党から公認を外されてから、創価公明党の支援を一切受けず、無所属で立候補し四期・十六年間地域で活躍された議員でした。

 その間の創価公明党の執拗(しつよう)な攻撃・誹謗(ひぼう)は、余すところなく『サヨナラ私の池田大作』Ⅱに収められています。

 さて、学会と公明党との政教一致の関係について、竹入元公明党委員長及び矢野元公明党委員長は、共に創価公明党時代を振り返り、人事や候補者の選択はすべて学会側で決定されてきた、と証言されています。

 創価公明党は、この日本社会にとって、本当に必要な政党なのでしょうか?

 あらためて、国民はその存在意義を問うていかねばならない、と思うのです。

原論出版妨害事件の実態にも迫る

 次に、自公の連立についてですが、世間では自民党と公明党の連立を揶揄(やゆ)して〝下駄の雪〟といわれています。

 その意味は、ただ力ある者に付いていく、という関係をいいます。仏法でいえば畜生界の生命そのものです。

 言葉の出処は、都都逸(どどいつ)で唄われてきた「踏まれても蹴(け)られても、ついていきます下駄の雪」からつけられた蔑称(べっしょう)である、といわれています。

 この〝史上最悪の結びつき〟を最初に予見し危惧(きぐ)したのは、今から四十数年前に出版された、明治大学教授で評論家の藤原弘達氏が著した『創価学会を斬る』でした。

 今回の『サヨナラ私の池田大作』パートⅡの中に、元聖教新聞社出版局のI氏が書いている〝言論出版妨害事件の当事者として〟や、同じくコラムの〝風化させてはいけない弁論出版妨害事件〟を参考にしていただけるとよいと思います。

 藤原氏の警告ですが、あまりにも現在の自公連立の危険な状況と符合しているので、少し長くなりますが引用いたします。

 「公明党が自民党と連立政権を組んだとき、ちょうどナチス・ヒットラーが出たときの形と非常によく似て、自民党という政党の中にある右翼ファシズム的要素、公明党の中における宗教的ファナテックな要素、この両者の間に奇妙な癒着(ゆちゃく)関係ができ、保守独裁体制を安定化する機能を果たしながら、同時にこれを強力にファッショ的傾向にもっていく起爆剤的役割として働く可能性も非常に多くもっている。そうなったときには、日本の議会政治、民主政治も、まさにアウトとなる。そうなってからでは遅い、ということを、私は現在の段階においてあえて言う。それが、これだけ厳しく創価学会・公明党を斬らざるをえない問題意識なのである」

 四十数年前とは思えない卓見ではないでしょうか。

 その〝自公連立政権〟は一九九九年(平成十一年)、現実のものとなりました。

 自民党は、野中弘務氏が官房長官時代、あらゆる狡知を駆使して創価公明党を揺さぶり、ついに取り込むことに成功しました。

 当初は、国民の創価公明党アレルギーを和らげるため、敵対関係にあった小沢一郎氏に〝ひれ伏し〟てまで「自自公連立政権」を樹立しました。小沢一郎氏の政治的命運は、これを機に凋落(ちょうらく)していきます。

 悪の仲人役、野中弘務氏の役割は、しっかりと歴史に記憶されなければなりません。

 もっとも、野中氏や自民党の策略にも関わらず、国民の創価学会・公明党嫌いの傾向は、ますます深くなっています。マスコミの世論調査の数値によると、何年経過しても、公明党の支持率が四%を超えることはありません。

 しかし、ナチス・ヒットラーが政権を獲得した時も、わずか数%の支持率だったことを、歴史の教訓から学ぶべきであります。

「政教分離を」ジャーナリストの指摘

 気鋭の評論家である櫻井よしこ氏は、かって、「公明党の功罪を厳しく見つめよ」(『週刊新潮』二〇〇三年十一月二十日号)と論じました。その中で、ロスアンゼルス・タイムス東京支局長のサム・ジェームソン氏が批評した言葉を引用し、自民・公明の連立政権を批判しています。

 ジェームソン氏は特に、日本の知識人・マスコミや国民が、どうして「憲法二十条」をあまり語らないか不思議である、としています。

 「なぜ、日本人は憲法二十条を置き去りにするのですか。二十条は信教の自由を保障し、同時に、宗教団体は政治上の権力を行使してはならないと書いているではありませんか。このことを指摘する勇気を、日本人は持ちあわせてはいないのですか」と。

 櫻井よしこ氏は、ジェームソン氏の指摘を「的を射た批判だ。(中略)学会が宗教団体の矩をこえて政治団体と一体化したかのような現状には、疑問を抱かざるを得ない。自民党が自公連立で事実上公明党化してしまわないためにも、いま、公明党の功罪を、原点に戻って、厳しく見つめよ」としています。

 櫻井よしこ氏の言辞は、正鵠(せいこく)を射た批判です。しかし、それから十三年、創価公明党は、ますます政権にしがみ付いています。

私達は、この状態をどこかで打ち破らなくてはなりません。

恩師に師敵対した創価公明に鉄槌を!

 さて、前号本紙の一面を見て、驚いた読者が多くいたことでしょう。そのストレートな指摘に、私も驚いた一人です。

 「核兵器の保有・使用を認めた公明党!?」

 「恩師・戸田城聖氏の核禁止宣言に違背」

 これらの言葉が胸に突き刺さってきました。近年、創価学会や公明党から、この戸田先生の〝原水爆宣言〟があまり聞こえてこなくなっていました。ある国会議員に聞いたところ、「そういえば、この戸田会長の〝原水爆宣言〟は話題にのらず、いつの間にか公明党の政策にも反映していかなくなりました」と述懐されています。

 先日、オバマ大統領がせっかく広島を訪問した絶好の機会なのに、だんまりを決め込んだ、不詳の弟子・池田大作や戸田門下生、公明党の議員連中の体たらくは、何と形容したらよいのでしょうか。

 不知恩の輩(やから)であり、創価流で言うところの〝師敵対の輩に成り下がった〟というべきでしょうか。

 じつは筆者は、横浜の三ツ沢競技場で行なわれた〝五万人の若人の祭典〟に参加し、戸田会長の生の声を聞きました。

 その際の戸田会長の講演は、生涯忘れることができないほど、衝撃的で感動的でした。その後、筆者の思想形成にも大きな影響を受けた講演でした。

 戸田会長は「われわれ世界の民衆は、生存の権利を持っております。その権利を脅(おびや)かす者は、これ魔物であり、サタンであり、怪物であります」と断じました。

 なんと分かりやすい言葉でしょうか。

 さらに、戸田会長は「もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用した者は、ことごとく死刑にすべきである、ということを主張するものであります」と結んだのです。

 この戸田会長の〝原水爆宣言〟の思想の普及こそ、本来の学会・公明党の使命だったのではないのか、と問い糾(ただ)したい。

 それも見失った創価学会・公明党は、すでに魔に魅(み)入られた団体である、といえましょう。そして、自民の補完勢力となってまで政権にしがみつき、そうして得た政治権力を「学会の教義実現のため」「学会と池田を守るため」に使おうとする公明党を、国民の総意で、速やかに政界から駆逐することが肝要であります。

 我々は、憲法二十条に違背し、政教一体となっている創価公明党の活動に、断固たる鉄槌(てっつい)を下していこうではありませんか。

 最後に、世界の核抑止力の根底には、日蓮大聖人の大仏法を広宣流布することこそが必要である、ということを付しておくものです。

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