日別アーカイブ: 2019年6月15日

わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

三十二、学会から抜け出せないでいる方へ

学会員の中には、「創価学会はやめたいけれども、近所や知り合いの学会員の手前、脱会できない」という方も、大変多くいらっしゃるようです。
本来、信仰は自分自身の幸福のために、自らの意思で選択すべきものです。平成三年頃、池田大作サンも、たくさんの脱会者が出ていることについて、テレビ局のインタビューに対し、
「いいんじゃあないですか。宗教は自由ですから」
と答えていました。これが池田サンの本心だったら、創価学会もずいぶんと開かれた団体になっていたことでしょう。
ところがその裏で、学会員に向けては、
「反逆者には、この野郎、馬鹿野郎でいいんだ!」(平成元年三月十二日)
「脱会者は自殺に追い込め」(平成四年・田賀一成氏の証言)
等々と、宗教者にあるまじき発言を繰り返していたというのですから、 ”自分がその標的にされたらたまらない” と思ってしまう学会員がいても、無理からぬ話かもしれません。
実際、創価学会を脱会したとたん、今まで親切だと思っていた地域の学会員が手の平を返したように冷たくなった、というような話は、全国各地で聞かれます。学会員にしてみれば、池田サンへの忠誠心からそのようにしているのでしょう。
でも、冷静に考えてみて、「それは変だ」と思いませんか。まるで、 ”圧政下で民衆を暴力で抑圧している姿” そのものではありませんか。
そのような創価学会の中で、日々、日蓮大聖人の仏法の功徳を真に体感している人はいるのでしょうか。
「辛きを蓼葉に習ひ臭きを溷厠(こんし)に忘る」(『立正安国論』)
つまり、 ”長く便所にいると、臭いも感じなくなる” とのたとえどおり、長く謗法に浸かっていたために罰の苦しさを自覚できなくなっている学会員は大勢いるでしょうが、信心の歓喜を心から感じている学会員など、一人もいないのが現実でしょう。
一方、「創価学会という村社会の中にいて罪障を積むよりも、たとえ学会員から冷たくされても、自分は功徳を積む道を行く」と意を決し、ほんの少しの勇気を出して創価学会と訣別し、法華講員となった人は、「これが、本当のお題目の功徳だった」と今さらながらに感激し、功徳・利益を体感しているのです。
あなたも、ほんの少しの勇気を出して、本当の大聖人の仏法に戻って来ませんか。勇気を出して謗法を捨て、正法についた功徳は、必ず、あなたの人生を厳然たる輝きで満たしてくれるでしょう。

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