月別アーカイブ: 2019年5月

わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

七、学会葬は間違っています!

学会員の皆さん、あなたは本当に、御僧侶も呼ばず、戒名(かいみょう)も無しの葬儀(そうぎ)を望んでいますか。
平成三年に日蓮正宗から破門されて以降、新興在家(しんこうざいけ)教団となった創価学会では、葬儀の導師も在家の幹部が行なうようになりました。そして、それに不安や不満を抱(いだ)く会員を納得させるための口実として、「大聖人の時代には、僧侶による葬儀は行なわれていなかった」とか、「大聖人の時代には、戒名は無かった。江戸時代に既成(きせい)仏教が金儲(かねもう)けのために始めたことだ」などと言い出したのです。
しかし、これは大ウソです。
御書には、富木常忍(ときじょうにん)が母の葬儀を日蓮大聖人にお願いしたことが記(しる)されていますし、日興上人が信者に宛(あ)てられたお手紙には、その信者宅の葬儀に御弟子の僧侶を遣(つか)わすことが述べられています。また、大聖人の御葬儀を記録した『宗祖御遷化記録』(しゅうそごせんげきろく)にも、御僧侶による葬儀の次第が明記されています。
そのように、大聖人の時代から、葬儀は御僧侶によって執行(しっこう)されていたのです。
また、戒名についても、「江戸時代に始まった」というのはでまかせの大ウソで、大聖人の時代から戒名はありました。その最初の事例は、大聖人が御父に「妙日」、御母に「妙蓮」という御名を授(さず)けられていますが、まさしく、これが戒名なのです。
こうした事実を隠して、「大聖人の時代には無かった」と言い切り、学会葬を正当化しようとする行為自体が、大聖人を冒涜(ぼうとく)していることになるではありませんか。
学会の内部では、「大切なのは故人を悼(いた)む真心(まごころ)である。戒名なんかより、いつもの名前で呼ばれたほうが故人も喜ぶ」などと言ってごまかしていますが、真心さえあれば成仏できる。というのであれば、仏法必要なくなってしまいます。こういうのを詭弁(きべん)というのです。
スーツを着た在家が導師をし、学会歌まで飛び出す学会葬は、一般世間の人にはことさら異様に映るようで、全国あちこちで顰蹙(ひんしゅく)を買っています。そうした中で、親戚(しんせき)から窘(たしな)められて思い悩んだ遺族(いぞく)が、幹部に相談した上で(!)念仏や真言の寺に葬儀を依頼する、というケースも続出しているようです。あなたの周(まわ)りには、そういう人は出ていませんか。
大聖人は「先(ま)づ臨終(りんじゅう)の事を習ふて後に他事(たじ)を習ふべし」(『妙法尼御前御返事』)
と仰せられていますが、後生(ごしょう)への旅立ちとなる臨終ほど大切な事はありません。
その旅立ちの時に、大聖人の御意(みこころ)に反する学会葬で送られた人々は、ことごとく不成仏の相(そう)を現じています。あなたも、学会葬に参列したことがあるならば、それに気がついているのではありませんか。
また、学会葬の導師を担当し続けた幹部の身の上にも、さまざまな不幸な現証が起こっていますね。
こうしたことを冷静に考えてみてください。そして、臨終に悔(く)いを残さないよう、一刻も早く嘘(うそ)ばかりの創価学会を脱会して、日蓮正宗に戻ってください。

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わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

六、『立正安国論』の精神に逆行する創価学会

学会員の皆さんは、もちろん『立正安国論』をご存じですね?
『立正安国論』は、約七百五十年前の文応元年七月十六日、時の最高権力者・北条時頼(ほうじょうときより)に宛(あ)てられた国家諫暁(こっかかんぎょう)の書でありますが、その中で、日蓮大聖人は、世の災難(さいなん)の根本原因は邪宗謗法(じゃしゅうほうぼう)にあることを明かされ、災難を無くして平和な世の中にするためには、邪宗謗法を捨てて正法に帰依(きえ)する以外にないことを訴えられました。
この『立正安国論』に示された御教え__すなわち、「世の一切(いっさい)の災難の源(みなもと)は邪宗謗法にある。これを断絶(だんぜつ)せずして、平和はない」との道理は、いかに時代が下ろうとも変化するものではありません。大聖人の信徒たる者はすべからく、広宣流布のその時まで、立正安国・破邪顕正の精神を厳格に持(たも)ち、折伏の実践に励まなければならないのであります。
しかるに、創価学会はどうでしょう。「大聖人直結」を声高に叫び、「仏子」などと自称しているにも拘(かか)わらず、この『立正安国論』の御教えに逆行(ぎゃっこう)していると思いませんか。
たとえば、池田さんは
「もしも日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば、決して口論などにはならず、民衆に尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱(いだ)いたのではないか」
(『聖教新聞』平成17年6月10日付)
と、信じられないような発言をしています。
また、秋谷第五代会長は、創価学会の公式見解として
「神輿(みこし)を担(かつ)がざるをえない場面があったとしても、地域役員として宗教色の濃い儀式等に立ち会わざるをえない場面があったとしても、それは地域の文化行事への参加と同次元のことです。それをもって、ただちに謗法とは言えません」
(『聖教新聞』平成11年9月9日付)
等と発表していますし、平成七年十一月に制定された『SGI憲章』では「仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して」云々とまで謳(うた)っています。
これらのどこに、大聖人の御精神が流れているというのでしょうか。これで、命(いのち)を堵(と)して邪宗教を喝破(かっぱ)され続けた大聖人を信じている、といえるでしょうか。
ましてや、大聖人の正統門流たる日蓮正宗を”邪宗”と称して攻撃しておりますが、あなた達の忌(い)み嫌(きら)う日蓮正宗が護持(ごじ)する御本尊とは、大聖人の出世(しゅっせ)の本懐(ほんがい)たる「本門戒壇の大御本尊」ですよ。
その大御本尊を捨(す)て去(さ)り、邪宗とも仲良くするようになった創価学会は、『立正安国論』に逆行する謗法の姿、そのものであります。これでは、いくら友好活動に励んでも、世の中が良くなるはずがありません。
現実に、創価学会が日本中に広まり、公明党は十年にわたって政権与党にまで入っていたというのに、世の中は平和になるどころか、ますます三災七難の色が濃くなっています。
学会員の皆さん、いいかげん、この現実に気づき、創価学会を辞(や)めて大石寺の信仰に戻ってきませんか。

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わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

五、帰ってきました!○年ぶりの大石寺

皆さんは、こんな話を聞かされていませんか?
「お山は変わってしまった。邪宗になったからもう行けないのよ。」
「草がボウボウ、野犬がたくさんいて危険。」
「桜は全部切っちゃって一本もない。」
「登山したら、あとで何十万円もの請求書が届いた。」
これらは全部、真っ赤なウソです。
創価学会では、戒壇の大御本尊を恋慕渇仰(れんぼかつごう)する会員達を大石寺に近付けないために、組織をあげて様々(さまざま)なウソを並べ、デマ宣伝(せんでん)を繰(く)り返(かえ)してきました。
これらの宣伝は、ひとたび登山してみれば、すぐにウソだとばれてしまうのですが、学会組織の情報なら何でも鵜呑(うの)みにしてしまう、会員の盲目性(もうもくせい)をよいことに、学会は平気で会員を騙(だま)してきたのです。
実際、大石寺に登山してみて、はじめて学会のウソに気が付いた、という方が、本当にたくさんいらっしゃいます。以下、その一部をご紹介します。

▼「池田先生は仏様」と信じて疑わなかった学会員のIさんは、学会の誤(あやま)りに気付いて脱会した息子さんから何度も説得され、ためらいながらも、十数年ぶりに登山しました。
お山の様子を目(ま)の当たりにしたIさんは、「学会の言っていることと全(まった)く違う。お山は変わっていない。息子の言うとおりだった!!」と感激し、脱会して晴れて大石寺の信仰に戻ることができました。
▼戸田門下生として熱心に学会活動を続けてきたAさんは、学会内で総本山の悪口をさんざん聞かされて、すっかり信じ込んでしまいました。そして、家族が学会を脱会することに対しても、猛反対をしてきたのです。
そんなAさんでしたが、家族の熱心な勧(すす)めにより、「本当にお寺が堕落(だらく)しているのかどうか、自分の目で確かめる」と言って、一緒にお寺を見に行くことになりました。ところが実際に目にしたお寺の厳粛(げんしゅく)な法要と、すがすがしくも温(あたた)かい僧俗和合(そうぞくわごう)の姿に感激し、「決心がついた。お前達と一緒に信心していくよ」と言って、きっぱりと脱会し、周囲の学会員を折伏するようにまでなったのです。
▼ご高齢のNさんは、法華講員の話を聞いて学会の誤りに気付き、脱会することができました。そして、何十年かぶりに登山したのですが、大石寺に足を踏み入れた時から、「本当にすごいですねぇ」と大感激していました。それからは、92歳で臨終(りんじゅう)を迎えるまで、何度も何度も御登山をし、最期(さいご)は立派(りっぱ)な成仏(じょうぶつ)を遂(と)げられたのです。

戒壇の大御本尊おわします富士大石寺に参詣する功徳は、無始の重い罪障(ざいしょう)であっても、必ず一生のうちに消滅できる、と言われています。あなたも一日も早く、大石寺に帰ってこられることを心よりお祈りします。

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わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

四、F取りに功徳なんてありません

創価学会員の皆さん、あなたは、選挙活動をするために学会に入ったのですか?
選挙活動は仏道修行ではありません。「F取りの功徳」とは、いったい、御書のどこに載っているのでしょうか? どこにもありません。
「選挙に勝利することは学会を守ること、池田センセーにお応(こた)えすること」「F取り一件は折伏一件に匹敵(ひってき)する」「あの人は選挙となると何処(どこ)へでも行ってF取りをして、その功徳で自社ビルを建てたのよ」などという話を吹き込まれ、選挙に勝利するための題目闘争や、F取り、連れ出しなどの選挙活動に駆(か)り出されておりますが、これは仏道修行などではないのです。
実際に、生活上で窮地(きゅうち)に立たされて、その深刻な状況を学会幹部に相談したところ、「F取りをしっかり頑張れば大丈夫」と言われ、血眼(ちまなこ)になってF取りに駆け回ったけれども、ちっとも良くならなかった、などという苦(にが)い体験を持つ人もたくさんいます。
この「F取りに功徳がある」との指導は、幸福になりたい、という会員の心を、選挙活動へ駆り立てるために利用する謀(たばか)りです。
そもそも、王仏冥合(おうぶつみょうごう)も広宣流布も、政治権力を握(にぎ)って国を支配することではありません。また、謗法(ほうぼう)を捨てて正しい仏法を持(も)つところにしか、私達が幸福になる道もありませんし、平和な社会を築く道もないのです。
仏道修行でも何でもない選挙活動に没頭(ぼっとう)し、Fを何件取り、民衆の勝利などと称(たた)え合ってみたところで、集団心理からくる妙な達成感や満足感を感じることはあっても、そこに、幸福になるための功徳など一切ありません。
選挙、選挙と、振り回される生活から早く脱却(だっきゃく)して、本当に幸福な人生を目指して大切な毎日を過ごしませんか?罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)、即身成仏への唯一の道、「祈りとしてかなわざるなし」の富士大石寺の大御本尊のもとへ、一刻も早く戻られることを心からお祈りします。

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『絵妙編集室 編』

三、毎年咲(さ)き乱れる大石寺の桜

大石寺の桜は、近年、「富士を望(のぞ)む桜の名所」として雑誌に紹介されたこともあって、とくにアマチュアカメラマンの人気を集めており、四月初旬の満開期には、多くのカメラマンが訪れています。
総本山のすがすがしい空気・威容(いよう)を誇る堂宇(どうう)・境内地(けいだいち)を覆(おお)う新緑と桜色の波・そして残雪の富士__これらが織(お)りなす見事(みごと)なコントラストは、そこに佇(たたず)む人(ひと)を魅了(みりょう)してやみません。
創価学会の皆さん! 皆さんは「大石寺に桜はなくなった」と思っていなかったでしょうか。
それもむべなるかな、創価学会では事あるごとに、「大石寺が桜を伐採(ばっさい)した」「大石寺の境内は桜の切り株だらけ」などと宣伝し続けてきたのですから。
では、なぜ、創価学会はそのようなデタラメな宣伝をしたのでしょうか。それは、学会員の、総本山に対する恋慕(れんぼ)の気持ちを断(た)ち切るため以外の何ものでもありません。
つまり、日蓮正宗から破門された創価学会としては、何としても会員を大石寺に近付けさせないために、「大石寺は荒れ放題」というイメージを会員に焼き付けたかったのです。
だからこそ、桜をテングス病から守るために枝切りしたり、間引きした場面を、まがまがしい写真にしては学会機関紙に載(の)せ、あたかも無残な姿になったような宣伝をしてきたのです。
平成十八年は特に、全国的にテングス病が蔓延(まんえん)し、多くの桜がダメージを受けたそうですが、しかし、大石寺の桜は、早期に手入れをしたおかげで今年も見事な花を咲かせ、登山者をおおいに歓(よろこ)ばせてくれました。
学会員の皆さん、あなたは、それでも学会の情報操作に誑(たぶらか)され続けていきますか。
いいかげん、目を覚(さ)ましませんか。

KC420201
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わかりやすい創価学会の誤り・創価学会の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

二、この恐(こわ)い事実を聞いてください

ニセ本尊を拝(おが)んだばかりに、厳しい仏罰(ぶつばち)を蒙(こうむ)った方がたくさんおられます。

★京都にお住まいのTさんは、四十年以上の長きにわたり、創価学会で真面目(まじめ)に信仰を続けてきましたが、ニセ本尊に交換してからというもの、うつ病で、ひどい幻聴(げんちょう)・幻覚(げんかく)に悩まされ、さらに様々な病気が出てきて、大変な苦しみを味わいました。
それでも脱会できずにいたところ、ある日、脳梗塞(のうこうそく)で倒れ、身体中が真っ黒に変色し悶絶(もんぜつ)するという、まさに、生きながらにして堕地獄(だじごく)の相となってしまったのです。
あまりの恐ろしさに、御家族がすぐに脱会を決め、ニセ本尊を処分して日蓮正宗に帰伏したところ、Tさんは、一命を取りとめることができ、一ヵ月後には退院、後遺症(こういしょう)も全く残らない、という大功徳を頂戴(ちょうだい)しました。

★新潟にお住まいのIさん一家は、ニセ本尊に交換した直後から、次々と厳罰(げんばち)を蒙(こおむ)りました。
父親は、「具合いが悪い」と言って部屋にこもり、家族が様子を見に行ったところ、うつ伏せ状態のまま死亡していました。それから間もなく、兄が車で帰宅途中、大型トラックと正面衝突の大事故を起こして即死。さらに、母親が入浴中、湯船に浮いた状態で亡くなっていたのです。この母親の死は、以前、法華講員が折伏に訪(おとず)れた際、激怒して邪魔に入った、そのちょうど一年後の出来事でもありました。
そして、Iさん自身も、精神的打撃を受けて、まともな状態ではなくなってしまったのです。

★埼玉在住のOさんは、十年前にニセ本尊に交換してしまった直後に、脳梗塞で倒れてしまいました。
半身不随(ふずい)となり、失語症(しつごしょう)も伴(ともな)いながらも、ニセ本尊に向かって、朝晩欠かさず勤行をし、一生懸命祈っていたものの、十年間、まったく良くなることはありませんでした。
そんな中、法華講員から折伏を受けて、これが仏罰であることに気付き、ニセ本尊を処分して日蓮正宗に帰伏したところ、わずか一週間で、周りの人達がびっくりする程に失語症が回復して喋れるようになり、一、二ヵ月後には電話もかけられるほどになったのです。今、Oさんは「創価学会とは全然ちがう」と、正法正師(しょうぼうしょうし)に巡(めぐ)り会えた喜びを語っています。

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わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

「慧妙編集室 編」

一、それでもあなたはニセ本尊を拝みますか

日蓮正宗より破門された創価学会では、宗門より御本尊をいただけなくなったため、平成五年以降、自分達で創った学会製本尊を配り出しました。
学会は、この本尊を「日寛上人の御本尊」などと説明していますが、それはとんでもないごまかしで、実際には日寛上人の御本尊をベースに、都合の悪い「授与(じゅよ)書き」をカットするなど、好き勝手に変造した上で大量コピーした、ニセ物の本尊なのです。
あなたは、御本尊の御文字を、自分の都合で消して造り変えたりできますか? コンビニでコピーして拝めますか? こんな、とんでもない大謗法を、平気で行なっているのが、現在の創価学会なのです。
しかも、このニセ本尊と交換する時に回収された本物の日蓮正宗の御本尊は、一体として総本山に返却されていません。推定二百万体からの御本尊が、創価学会によって、まとめて御不敬されてしまったといわれるのです。
このような恐ろしい大謗法団体に身を置き、大切な御本尊を手渡して御不敬(ふけい)され、ニセ本尊を拝んでしまったばかりに、厳しい仏罰を蒙り、苦悩にあえいでいる方がたくさんおられます。
その事例はあらためて紹介しますが、いずれにせよ、ニセ本尊は魔神(まじん)の札です。
拝んでいて、幸福になれることは絶対にありません。
どうか一刻も早く、正しい御本尊のもとへ帰伏できるよう、心から念願いたします。

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