日別アーカイブ: 2019年5月26日

わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

十二、御本尊様は生身(しょうしん)の日蓮大聖人です!

御書に、
「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」
(『経王殿御返事』)
と示されているように、御本尊は日蓮大聖人の御生命の当体であります。
それゆえ、創価学会においても、かつては
「日蓮正宗の御本尊は、大聖人のご生命ご自身であり、三世十方の諸仏の本尊であり眼目である」(『折伏教典』)
と指導し、池田大作さんも、
「御本尊様は日蓮大聖人の生身と拝することです。その信心でなければなりません。
(中略)御本尊を ”物” と扱うようになった場合は罰をうけます。学会精神に反します。
信心ではありません」(『大白蓮華』昭和三十九年八月)
と言っていました。
まことにそのとおりで、学会員の皆さんの中にも、かつては、御本尊を大聖人の御当体と固く信じて題目を唱えるなか、考えられないような功徳の体験をした、という方も、たくさんいらっしゃることでしょう。
ところが、その池田さんが、平成五年五月三日のスピーチで、とんでもないことを言い放ったのです。
”職者の声を紹介する” としたその内容は、池田さんが職者から「究極に求められるものは何か」と質問されことに対して、「板曼荼羅(まんだら)の御本尊ではなく、久遠の法です」と答えたこと、さらに、それを聞いた職者が「(池田)名誉会長が、永遠の根元を求めておられ、板曼荼羅に、偏狭(へんきょう)にこだわっておられないことに、非常に感動し、創価学会の普遍性と、発展の因を見た思いでした」と述べたことを挙げ、「やっぱり、曼荼羅はいつかなくなっちゃう。物体だから」と発言したのです。
さらにまた、平成五年九月七日のスピーチでも、
「本門戒壇の板本尊が何だ! 寛尊は『信心の中にしか本尊はない』と。ただの物です!」
と述べ、戒壇の大御本尊を ”ただの物” 呼ばわりして侮蔑(ぶべつ)したのです。
これはまさに、大御本尊の否定であり、大謗法です。かつて池田さん自身が指摘していた、「御本尊を ”物” 扱いした罰当たりな発言」そのものではないですか!
池田さんは、御本尊を仏様と拝する信心を完全に失ったのです。だから、ニセ本尊も平気で作れるようになったのでしょう。池田さんは、大聖人の仰せなど、まったく信じていない、エセ仏教者です。
こんな人を『永遠の指導者』と仰ぎ、『人生の師匠』としてついていけば、あなた自身も、地獄に引きずりこまれてしまいます。
学会員の皆さん! 学会の ”昔” と ”今” の指導の格差をよく見比べて、目を覚ましてください。そして、一刻も早く、この恐ろしい大謗法団体から抜け出し、日蓮正宗の正しい信心に立ち返りましょう。

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わかりやすい創価学会の誤り・創価学会の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

十一、あなたは許せますか? 学会が金比羅(こんぴら)神社に多額の寄付!

創価学会員の皆さん、あなたはもちろん、神社に布施(ふせ)などしませんよね。
邪宗の神社・仏閣(ぶっかく)に参詣したり布施をすることは謗法(ほうぼう)であり、「わざわひのみなもと」と大聖人が戒(いまし)められていることであります。
ところが、日蓮正宗から破門されて以降、学会の信条はどんどん変質してしまい、平成七年の『聖教新聞』では邪宗の祭りへの参加をよしとする会長指導が掲載(けいさい)されたのです。翌年の夏には、かつて学会の中では”折伏の闘士”とまで評されていた黒柳明氏が、深川の不動尊(ふどうそん)祭りで御輿(みこし)を担(かつ)ぎ、その姿がテレビで放映されました。
その頃から、学会員の中には、平気で邪宗の祭りに参加したり、「邪宗、邪宗と気にしなくていいから、楽になった」と言う人まで現われてきました。
いったい、この謗法容認(ようにん)の体質はどこまでいくのか、と思っていたところ、なんと今度は、大分県に「九州池田記念墓地公園」を建設中だった平成十七年、隣接する金比羅(こんぴら)神社の参道整備に、創価学会として150万円もの寄付を行なっていた、ということが発覚しました。
金比羅神社参道の竣工(しゅんこう)は平成十八年五月、その記念の銘板(めいばん)には「特別寄付者」として「金百五拾萬円也 創価学会」
と、創価学会の名がクッキリと刻(きざ)まれていたのです(※この銘板は、経緯は不明ですが、現在は「創価学会」の名前と寄付金額を削った銘板と交換されてしまっています)。
この寄付は地元自冶会からの要請だったようですが、しかし、その要望書には「金比羅神社への参道を建設する計画」であること、「建設費は200万円を要する」ことが明記されています。つまり、創価学会は、金比羅神社の参道を造(つく)ることを承知の上で寄付をした、ということであります。これは、まさに、大聖人が『立正安国論』等において固く禁じられた「謗施(ぼうせ)(謗法への不施」、そのものではありませんか。
学会員の皆さん! 皆さんは、この現実をどう思いますか。これが本当に、「大聖人の仰せのとおりの信心」なのでしょうか。
もうおわかりでしょう。今の創価学会は、大聖人の仏法とは全くかけはなれた姿に成り果ててしまったのです。
こんな邪宗・謗法にまみれた創価学会に身を置いていれば、あなた自身も与同罪(よどうざい)は免(まぬが)れられません。今すぐキッパリと脱会を決め、正宗寺院へ行って正しい信心に立ち返りましょう。

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