日別アーカイブ: 2019年5月15日

わかりやすい創価学会の誤り・創価学会員の皆さんへ

『慧妙編集室 編』

六、『立正安国論』の精神に逆行する創価学会

学会員の皆さんは、もちろん『立正安国論』をご存じですね?
『立正安国論』は、約七百五十年前の文応元年七月十六日、時の最高権力者・北条時頼(ほうじょうときより)に宛(あ)てられた国家諫暁(こっかかんぎょう)の書でありますが、その中で、日蓮大聖人は、世の災難(さいなん)の根本原因は邪宗謗法(じゃしゅうほうぼう)にあることを明かされ、災難を無くして平和な世の中にするためには、邪宗謗法を捨てて正法に帰依(きえ)する以外にないことを訴えられました。
この『立正安国論』に示された御教え__すなわち、「世の一切(いっさい)の災難の源(みなもと)は邪宗謗法にある。これを断絶(だんぜつ)せずして、平和はない」との道理は、いかに時代が下ろうとも変化するものではありません。大聖人の信徒たる者はすべからく、広宣流布のその時まで、立正安国・破邪顕正の精神を厳格に持(たも)ち、折伏の実践に励まなければならないのであります。
しかるに、創価学会はどうでしょう。「大聖人直結」を声高に叫び、「仏子」などと自称しているにも拘(かか)わらず、この『立正安国論』の御教えに逆行(ぎゃっこう)していると思いませんか。
たとえば、池田さんは
「もしも日蓮大聖人とイエスが話し合ったならば、決して口論などにはならず、民衆に尽くす生き方に対して、尊敬の念を抱(いだ)いたのではないか」
(『聖教新聞』平成17年6月10日付)
と、信じられないような発言をしています。
また、秋谷第五代会長は、創価学会の公式見解として
「神輿(みこし)を担(かつ)がざるをえない場面があったとしても、地域役員として宗教色の濃い儀式等に立ち会わざるをえない場面があったとしても、それは地域の文化行事への参加と同次元のことです。それをもって、ただちに謗法とは言えません」
(『聖教新聞』平成11年9月9日付)
等と発表していますし、平成七年十一月に制定された『SGI憲章』では「仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して」云々とまで謳(うた)っています。
これらのどこに、大聖人の御精神が流れているというのでしょうか。これで、命(いのち)を堵(と)して邪宗教を喝破(かっぱ)され続けた大聖人を信じている、といえるでしょうか。
ましてや、大聖人の正統門流たる日蓮正宗を”邪宗”と称して攻撃しておりますが、あなた達の忌(い)み嫌(きら)う日蓮正宗が護持(ごじ)する御本尊とは、大聖人の出世(しゅっせ)の本懐(ほんがい)たる「本門戒壇の大御本尊」ですよ。
その大御本尊を捨(す)て去(さ)り、邪宗とも仲良くするようになった創価学会は、『立正安国論』に逆行する謗法の姿、そのものであります。これでは、いくら友好活動に励んでも、世の中が良くなるはずがありません。
現実に、創価学会が日本中に広まり、公明党は十年にわたって政権与党にまで入っていたというのに、世の中は平和になるどころか、ますます三災七難の色が濃くなっています。
学会員の皆さん、いいかげん、この現実に気づき、創価学会を辞(や)めて大石寺の信仰に戻ってきませんか。

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