月別アーカイブ: 2019年2月

(連載)創価学会 教学試験の 日蓮正宗批判を破す 第23回

(『慧妙』H30.12.1)

「御本尊に関する日顕宗の邪義」という批判

次に、『大白蓮華』「青年部教学試験2級」特集号(二〇一六年七月号)は「御本尊に関する日顕宗の邪義として、冒頭からトンチンカンな言いがかりを付けている。
いわく、<(宗門は)”法主にのみ御本尊に関する権能がある”などと述べているが、それは、「御本尊の『法水』は法主から来ている」という根拠なき妄想に基づいている>という。
御本尊の権能が御法主上人に在(ましま)すことは前回示した通りなので割愛するが、次の、「御本尊」の法水は法主から来ている」というのは、いったいどういう意味なのか? これこそまさに、”根拠なき妄想”の言いがかりである。
おそらく、御法主上人信伏随従しないと法水が通わない、ということを批判したいのだろう。
しかし、それは次の第六十六世日達上人の御指南からも明らかである。
すなわち、「信心といい、血脈といい、法水というところの法水は、どこから出てくるか、ということがもっとも大切であります。それは、我が日蓮正宗においては日蓮大聖人の御当体たる本門戒壇の大御本尊であります。ゆえに、大聖人の仏法を相伝しなければ、大聖人の仏法の血脈は流れないのであります。」(『大日蓮』昭和五十三年九月号)
よって、大聖人の仏法を正しく相伝された御方、つまり、時の御法主上人に信伏随従しなければ法水は流れ通わない。そして、その法水は本門戒壇の大御本尊から出てくるのである。
もし学会が、大聖人の仏法を正しく相伝しているというのなら、いつ、だれから、どのように相伝されたのか、明示すべきだが、できようはずがない。
ともあれ、日興上人以来、御当代日如上人に至るまで相承されている唯授一人の血脈こそ、戒壇の大御本尊と共に、日蓮正宗の根本命脈なのである。この根本の法体を深く信ずることにより、信心の血脈を受け継ぐことができるのである。これが日蓮正宗における正しい血脈観である。

「血脈」の本義も「開眼」の意義も否定

大御本尊を捨て「世界宗教」と誇る愚

つづいて、テキストでは<法水といっても、その継承を成立させるものは「信心」にほかならない><「広宣流布への信心」によって御本仏である大聖人から直接、法水を受けている>というが、時の御法主上人に背(そむ)き、末法の御本仏日蓮大聖人の出世の本懐たる、本門戒壇の大御本尊を捨て去って、どこに信心があるというのか。この理論がまかり通るのであれば、大聖人を信奉すると称する全ての教団に法水が流れることになるではないか。まさか創価学会は、日蓮宗にも顕正会にも法水が流れているというのではあるまい。
また、二十六世日寛上人は、「一には富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。
根源とは何ぞ、謂(い)わく、本門戒壇の本尊是れなり」(六巻抄68頁)
と、広宣流布の根源は戒壇大御本尊であることを御教示されているが、すでに、学会では大御本尊を捨て去っているのだから、広宣流布への信心など微塵(みじん)もないことを知るべきである。
続いてテキストでは、<(宗門は)”学会が授与する御本尊は、法主の「開眼」がないから功徳がない”などと喧伝(けんでん)しているが、これも、全くの邪義>で<「開眼」のような特別な儀式が必要などとは、御書のどこにも書かれていない>として、開眼は必要ないという。
まずは、御書に開眼についての御教示があるので、それを示そう。
「法華を心得たる人、木絵二像を開眼供養せざれば、家に主のなきに盗人(ぬすびと)が入り、人の死するに其の身に鬼神入るが如し」(御書638頁)
「木像画(え)像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし」(御書1275頁)
「此の画木(えもく)に魂魄(こんぱく)と申す神(たましい)を入(い)るゝ事は法華経の力なり。(中略)此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ、画木にて申せば草木成仏と申すなり」(御書993頁)
これでも、御書に「開眼」がないと言い張るつもりか?
開眼のない学会の本尊はニセ本尊であり、それは人を不幸たらしめる魔札本尊なのである。
そのニセ本尊を「全世界の人々に知らしめ、信ぜしめ、授与していくこと」は大謗法の害毒を拡散させ、全世界の衆生を苦悩と混乱に陥(おとしい)れる堕獄の因となるだけである。
ニセ本尊頒布(はんぷ)が始まって四半世紀が経(た)つ。学会執行部も、会員がニセ本尊の害毒によって塗炭の苦しみにあえいでいることを、伝え聞いているはずだ。
一刻も早くニセ本尊頒布を停止し、正法に帰するべきである。
この段の締(し)めとして、宗門と決別後に創価学会は世界宗教として大きく飛翔した、などというが、大聖人は
「汝只正理を以て前(さき)とすべし。別して人の多きを以て本とすることなかれ」(『聖愚問答抄』御書402頁)
と、いかに多くの人へ広まったとしても、その教えが正しい道理に基づいていなければ何にもならない、と断ぜられている。
ましてや、近年の学会はどんどん会員数が減少し、衰退し続けているではないか。虚(むな)しく哀れ、としか言いようがない。

連載 学会メディアを破す!

今年も池田不在の創立記念日

十一月十八日、今年も創価学会創立記念の祝典が、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
言うまでもないが、池田は案の定これを欠席し、代わりに「祝福」の和歌を贈ったという。
また、和歌の発表後は、息子博正により、池田のメッセージとして
「全て見守っていました。牧口先生も、戸田先生も、どれほど喜んでおられることか。みんな、ありがとう! わが全同志のますますの大福運と大勝利を祈って、3首の和歌を贈り、私からの感謝と祝福といたします」(『聖教新聞』十一月十九日付)
とのメッセージが読まれているが、会員が望んでいるのは息子による代読ではなく、大作自身が挨拶することである。そんなことも執行部はわかっていない(否、わかっていても、そうできない状況なのである)。
また、十七日の総県長会議にて、会長の原田は「誓願勤行会の意義」について、次のように指導している。

「勤行会の意義」と謳(うた)い選挙を語る原田

学会の要(かなめ)たる常住本尊の出処(でどころ)には沈黙

「広宣流布大誓堂に御安置されている『大法弘通慈折広宣流布大願成就』の学会常住の御本尊は、戸田先生が学会前進の『金剛不壊の大車軸』として発願され、池田先生が『広宣流布の希望の道を無限に開かせたまえ』と祈り抜かれてきた御本尊です。
その強き祈りを根本に、池田先生は、世界広布への雄渾の指揮を執ってきてくださいました。」(『聖教新聞』十一月十八日付)
毎回のことだが、重要な事が抜け落ちている。
学会常住の本尊たる「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の本尊はどなたが認(したた)められたのか。
戸田城聖氏なのか、はたまた池田なのか。
正解は日蓮正宗第六十四世日昇上人である。この事実は不変である。
戸田氏は、「学会においては、広宣流布大願の『曼荼羅』を、六十四世水谷日昇上人にお願い申しあげ、法主上人におかせられては、学会の決意を嘉(よみ)せられて、広宣流布大願の大御本尊のお下げわたしをいただいたのである」(戸田城聖全集三巻120頁)と指導しているが、現在、広宣流布大誓堂なる建物に安置されている本尊は、日昇上人による御書写(の本尊を模刻したもの)である。
また、「勤行会」と言いながら、大御本尊への御開扉を連想させる行事を行なっているなど、所詮、日蓮正宗の紛(まが)い物でしかない。
こうした偽(いつわ)りや紛い物ばかりの創価学会の信仰に、功徳などあるのだろうか。あるはずがない。
さらに、「勤行会の意義」と表題があるにも拘わらず、来年に控えた統一地方選挙・参議院選挙の啓蒙をするのは図々しい。
紙面の分量を確認すると、公明党と選挙啓蒙の量の方が多いが、この辺に、前の沖縄県知事選で大敗北したことの焦りが見えている、といえる。
それにしても、ここまで露骨に選挙活動をするのは、憲法で規定されている「政教一致」の原則を無視し、与党であることを良いことに好き勝手をしている、愚かな所業である。
創価学会員よ。選挙活動に功徳があるなどと、本当に信じているのか。また、姿を見せることなく、メッセージしか贈ってこない、幽霊のような池田を「永遠の師匠」と崇(あが)められるのか。
もう一度、初心に戻り、再考することをお勧(すす)めする。そして、一日も早く大御本尊の御前に詣でようではないか。

読者の おたより『新・人間革命にも注目の記述!

東京都 匿名希望さん

先般、十数年ぶりに創価学会員との対論を行なった。その面々がとても若く、何と平成生まれの青年部、すなわち生粋の邪教創価学会育ちということだ。
果たしてどのような疑難をふっかけてくるのやらと思っていたら、いきなり「戒壇の大御本尊に関する御書の文証はない」と言い出すのでちょっとビックリ。かつ、しまいには「『聖人難事』に書いてあるのは難を受けた年数だ」とまで言い切っていた。
他にも意味不明の珍論を述べていたがそれは放っておくとして、この「大御本尊」の件に関しては彼らの師匠池田大作御大が『新・人間革命』第一巻の中で「日蓮大聖人出生の本懐は大御本尊建立」とする一節があるのでぜひ紹介したい。
次に挙げるのは第一巻「旭日の章」の一節で、ご丁寧にも「語句の解説」まで付いているので併せて引用し紹介する。
「コロンブスが、イタリアのジェノバの出身とされるところから、イタリア系の市民によって、一九五七年の十月十二日に建てられたものであるという。コロンブスが、アメリカ大陸到達の端緒(たんしょ)となるバハマ諸島のワットリング島に上陸したのは、一四九二年の十月十二日のことであるから、その四百六十五周年に建造されたことになる。
『十月十二日といえば、大聖人の大御本尊の建立と同じ日だね・・・・・・』
つぶやくように伸一(※池田大作のこと)が言った。
その声には、深い感慨が込められていた。
もともとコロンブスの旅は、マルコ・ポーロの『東方見聞録』に、大陸の東の海上一、五〇〇マイルにある黄金の島『ジパング』として記された、日本をめざしての旅であった。日本を黄金の国として紹介したマルコ・ポーロが、アジアに滞在していた一二七九年(弘安二年)、日蓮大聖人は日本にあって、一閻浮提総与の大御本尊を御図顕されたのである。
実際の日本は、マルコ・ポーロが口述したような、黄金に輝く財宝の国ではなかった。しかし、大聖人の大御本尊の御図顕によって、全人類の幸福と平和を実現しゆく大仏法の黄金の光が、アジアの東のこの島から世界に向かって放たれたのである。(中略)
カナリア諸島を経由し、大西洋を突き進むこと七十一日、十月十二日に彼はワットリング島を見つけ、上陸した。大聖人の大御本尊の建立の二百十三年後の同じ日である。山本伸一は、そこに何か不思議な因縁を感じた。」
と、このように池田大作は「十月十二日は大聖人の大御本尊の建立の日」と解説し、さらに、これによって「全人類の幸福と平和」が実現できる、とまで綴(つづ)っている。
が、これだけでは詳細はわからない。
そこで次の一文。『新・人間革命』の「語句の解説」だ。
「一閻浮提総与の大御本尊 日蓮大聖人が、全人類を幸福にするために与えられた大御本尊のこと。弘安二年(一二七九年)十月十二日、農民信徒が権力者の迫害に耐え、信仰を貫いた『熱原の法難』を直接の機縁として顕された。大聖人は、大御本尊の建立こそ、御自身がこの世に出現した根本の目的であるとされている。」
すなわち、「大御本尊」について、「日蓮大聖人が弘安二年十月十二日に、熱原法難を機縁として一切衆生のために大聖人御出現の根本の目的である一閻浮提総与の大御本尊を顕された」と明確に述べている。
ん!? この脈絡、これ(大御本尊否定の前)までの『聖人御難事』の解釈と同じ流れではないか。
大御本尊の意義付けも「大聖人御出現の目的」と、表現は違えど「大聖人出世の本懐」と同じ意味である。
そして「一閻浮提総与の大御本尊」も「戒壇の大御本尊」の御書に他ならない。
したがって、池田の文章を簡略に言い直せば、「日蓮大聖人は熱原法難を機縁に御自身の出世の本懐である戒壇の大御本尊を建立された」ということになる。
すなわち、池田大作は自らの畢生(ひっせい)の大著『新・人間革命』で堂々と「日蓮大聖人出世の本懐は大御本尊建立」と日蓮正宗の正義を宣揚していたのだ。
かの学会青年部は創価学会の教義は「破門以前・破門以後」で変化がある、などと宣(のたま)っていたが、この『新・人間革命』第一巻は一九九八年(平成10年)の刊行。つまり破門後の法門とやらになるから引用に問題はないはずだ。
創価学会員諸君、これはもしかしたら池田大作にとって、御宗門への最後の御奉公だったのかもしれないのだ。大いに誇りに思ってよろしい(笑)。
ちなみに池田大作はこの書の「はじめに」で次のように語っている。
「私の足跡を記せる人はいても、私の心までは描けない。私でなければわからない真実の学会の歴史がある(中略)私は、再び、自らペンを執ることを心に決めた。」
このように、池田大作はこの『新・人間革命』を自らの固い意思で書いた、と主張しているのだ。
それほどに大事な「日蓮大聖人の出世の本懐は大御本尊御建立」との文章を決して甘く見てはいけない。
もしかしたら、私が持っているのは一九九八年発行のいわゆる第一刷。その後に改訂が入っているのかもしれぬが、それは当方の知るところではない。『新・人間革命』に違いはないのだから。
冒頭の学会青年部のように大御本尊の意義がわからぬ輩(やから)はこの『新・人間革命』をしっかりと読み直し、それでもこの文に納得できぬものは、死の淵にあるのかもしれぬ池田大作に向かって「嘘ばかり書きやがって、いつになったら真実にたどり着けるのか!」と怒鳴りつけよ。面談も叶わぬことではあろうが。

※大聖人の出世の本懐への疑難については、暁鐘編集室より『日蓮大聖人出世の本懐』として教学的破折書が出ています。

http://emyo.jp/

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日本第一党大阪府本部/大阪府庁での記者会見

2019/1/28 日本第一党大阪府本部/大阪府庁での記者会見の現場

安全第一党

2019/01/28 に公開

平成31年1月28日(月)大阪府庁4階 16時開始
村上としかず、小林こうすけ、西山たけしの記者会見です。
動画をご覧の皆さんにボランティアのご協力をお願いしたいと思います。党員の方以外でも構いません。特に街宣活動時のビラ配り、ポスティング等のご協力頂けると大変助かります。詳細に関しては↓のメールアドレスよりお問い合わせ下さい。

osaka@japan-first.net

宜しくお願い致します。

日本第一党は、日本第一主義「ジャパンファースト」を掲げる唯一の政党です。 日本の国益を守り、日本人に寄り添った政策を実行します。

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日本第一党街頭演説の現場・東京都八王子

2019/02/09 日本第一党 岡村みきおさん 街頭演説(政治活動)JR八王子駅南口

カズ

2019/02/09 に公開

我が党は日本第一主義[ジャパンファースト]を掲げる唯一の政党です。
日本の国益を守り、日本人に寄り添った政策を実行します。

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立憲民主・辻元国会議員・韓国籍弁護士から外国人献金

虎ノ門ニュース8時入りより

立憲民主党の辻元清美国会対策委員長の政治団体が、2013年度から少なくとも2年間、韓国籍の男性弁護士から「外国人献金」を受けていたことが、夕刊フジの独自取材で分かった。

夕刊フジ
https://www.zakzak.co.jp/

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テレビが伝えない日韓断交デモ行進・新宿の現場!

大手マスコミが、日本国民に伝えない日韓断交デモ行進(新宿)

平成31年2月3日には、東京都新宿区で日韓断交デモ行進が行なわれました。

日韓断交デモ行進に出発する行動する保守運動の皆さんと、横から邪魔をする、しばき隊

左翼しばき隊の親分は現在、国会議員の有田芳生、大先生です。

有田芳生、大先生は行動する保守運動の方々の日韓断交デモ行進の邪魔をする、しばき隊を止めようともしない。

こんな人が日本の国会議員をしてるのが日本の恥じですね。

桜井誠氏の鬼退治! 鬼っ子韓国との断交を求める国民大行進(3)2019/2/3

ぼるじょあ

2019/02/03 に公開

韓国に抗議するデモの様子です。2019/2/3 14:30~16:25
【集合日時】
平成31年2月3日(日)

行動する保守の皆さん、真冬の寒い中、日韓断交デモ行進をお疲れ様でした。

有田芳生、大先生は、日本に寄り添った政治をしていませんね!

日本第一党は、日本第一主義「ジャパンファースト」を掲げる唯一の政党です。 日本の国益を守り、日本人に寄り添った政策を実行します。

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2面 (連載)他門流からの疑難を破す 第9回

(『慧妙』H30.12.1)

戒壇の大御本尊の建立意義とその背景

今回は、邪宗徒が当宗を誹謗(ひぼう)する際の最大の標的としてくる本門戒壇の大御本尊について、建立意義とその背景について述べていく。
本門戒壇の大御本尊は、仏法の極理、一切衆生成仏の直道であり、大聖人究竟中の究竟なるがゆえに、門外漢の輩(やから)にはとうてい理解できえぬ法体たることは当然至極だが、大御本尊建立の経緯と意義を明確にして、正義を示しておきたい。
大聖人は、突如として本門戒壇の大御本尊を御図顕されたのではなく、御本仏としての御化導の順序次第の上から、任運の仏意により本懐を成就されたのである。そして、本懐である大御本尊建立に至る要因には、外的と内的との両面が拝せられる。
まず、外的要因として、最も重要な大御本尊建立の契機となる熱原法難がある。
文永十一年(一二七四年)、佐渡流罪を赦免(しゃめん)された大聖人が身延に入山されたあと、日興上人は甲斐・駿河・伊豆方面への折伏弘教を展開されており、特に幼少時代に修行した富士地方の蒲原四十九院・岩本実相寺を中心に、飛躍的に教線が伸びていた。
それにともない天台宗の古刹(こさつ)・滝泉寺の僧である下野房日秀、越後房日弁、少輔房日禅等が帰伏改宗した。
さらには日秀師等の教化により、熱原郷の農民たちから信頼されていた神四郎ら三兄弟が帰依するなど、その後も入信者は後を絶たなかった。
この状況に危機感をおぼえた滝泉寺の院主代・行智は、幕府の要人であった平左衛門尉を後ろ盾に、政所(まんどころ)の役人と結託して熱原の法華講衆を弾圧する機会を狙っていた。
そして弘安二年(一二七九年)九月二十一日、行智は、多くの法華講衆が下野房日秀師の田の稲刈りを手伝っていることを聞きつけ、武士たちを駆り集めて押しかけ、農民たちに手傷を負わせたのである。
神四郎以下二十名はその場で取り押さえられ、下方政所へ拘留された。
さらに行智は、神四郎の兄・弥藤次の名をもって、神四郎等を罪人に仕立てあげる卑劣な訴状を作り、鎌倉の問注所に告訴するとともに、農民たちをその日のうちに鎌倉へ押送(おうそう)したのである。
この事件の知らせを受けた日興上人は、すぐさま、その状況を身延の大聖人に報告された。
これを聞かれた大聖人は、熱原の信徒たちのことを深く思いやられ、さっそく『聖人御難事』を認(したた)めて門下一同の団結と奮起をうながされるとともに、『滝泉寺申状』を撰し、日興上人に清書させて問注所に提出するよう命じられた。
十月十五日、平左衛門尉は熱原の信徒に対し尋問を執り行なったが、事件の真相を問い糾すこともなく、「速やかに法華の題目を拾てて念仏を称えよ。さもなくば重罪に処す」と威嚇(いかく)した。
しかし、常に法華経への信仰を教えられていた神四郎たちは、少しもひるむことなく、ひたすら題目を唱え続けたのである。
この農民たちの唱題の声に激怒した平左衛門尉は、蟇目(ひきめ)の矢を射させて拷問を加えたが、しかし法華講衆の信念は微動だにすることなく、唱題の声はますます高くなるばかりで、これにより犯乱の極に達した平左衛門尉は、無惨にも、農民の中心者であった神四郎ら三人を斬首するという、非道な処置を下したのである。
残りの十七人の農民は放免されたが、この悪逆を行なった平左衛門父子は、これより十四年後、謀反(むほん)の罪により誅殺(ちゅうさつ)せられ、還著於本人(げんじゃくおほんにん)の法華経の現罰が下ったのである。
以上が熱原法難の概略である。
さて、この熱原の法難においては、一文不通で身分の低い百姓の信徒が、大難に屈することなく身命を捨てて正法を信じ貫くという、世の名僧や武家も及ばぬ信力行力の姿勢を示した。大聖人は、入信まもない熱原の農民たちの不自惜身命の信心を嘉(よみ)せられ、いよいよ下種仏法の究竟の法体を建立する大因縁の時の到来を感じられたのである。
弘安二年十月一日にお認めになられた『聖人御難事』には、
「此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年太歳己卯なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計(ばか)りなし。先々に申すがごとし。
余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり」
(御書1396頁)と、今こそ出世の本懐を遂げるときであることを予証されている。
そして熱原法難の弾圧の吹き荒れるなか、弘安二年(一二七九年)十月十二日、本門戒壇の大御本尊を楠の厚き板に御図顕され、弟子の日法師に彫刻を命ぜられたのである。
これは、すでに、『観心本尊抄』の
「今の自界反逆(ほんぎゃく)・西海侵逼(しんぴつ)の二難を指すなり。此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為(な)す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし」(御書661頁)との御文や、『法華取要抄』の
「是くの如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天・四海一同に妙法蓮華経の広宣流布疑ひ無き者か」(御書738頁)
との御文に教示されていた、三秘の法門が具足する一閻浮提第一の本尊であり、この本尊こそ、大聖人が末法衆生救済のために御図顕された、一代の施化の最高目的たる本門戒壇の大御本尊なのである。
釈尊の脱益仏法の域から出ず、いまだ仏像に執着する日蓮宗の者どもには、とうてい理解し難い本尊図顕の御化導の深義がそこにあるのだ。

戒壇大御本尊御図顕の契機は熱原法難

時を感じられ「余は二十七年なり」と

なお、先に引用した『聖人御難事』の「余は二十七年なり」の文意について一言しておく。
この御文につき、古来、日蓮宗では「出世の本懐ではなく法難の年数を示している」などの誤読をしているが、正釈は「余は二十七年(にして出世の本懐を遂ぐる)なり」との意である。
一連の御文のなかの釈尊、天台、伝教の三国三師における四十余年、三十余年、二十余年の数字は、すべて出世の本懐までの年数を示しており、その文脈の流れから、大聖人においても、二十七年は出世の本懐までの年数を示す、と拝するのがごく自然な解釈である。
もし大聖人自身について出世の本懐を述べる意図がなかったならば、あえて三師の本懐までの年限も示す必要がないのである。つまり、「仏・天台・伝教の長年の大難申すばかりなし」とすればよいはずである。
また、大聖人が二十七年の年限を述べた箇処で「出世の本懐」との語句を省略されたのは、前文との関係より重複を避けて、語に格調と余韻を顕わすため隠文顕義の意から略されたからだ。
そうでなければ、前文の釈尊、天台、伝教の三師に関する「出世の本懐」の語がまったく不要で意味のないものとなる。
これらは日本語の常識であり、虚心坦懐に拝すれば誰にでも解ることだ。
ともかく、『聖人御難事』の御文や、熱原法難にみる一文不通の農民による死身弘法の信行という外面的な要因から、大聖人が本門戒壇の大御本尊を建立された経緯は明らかである。

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あの頃、何が起きたのか -日蓮正宗を襲った学会の謀略と攻撃ー 連載弟9回

(『慧妙』H30.12.1)

大石寺にも「遺骨」訴訟を乱発

”遺族の心情”を盾に理不尽訴訟

前回、日蓮正宗末寺に対する遺骨管理をめぐる訴訟について述べたが、それらと同様に、遺族の心情・感情を”錦の御旗(みはた)”にした訴訟攻勢は、総本山大石寺にも向けられた。
その代表例は、かつて大石寺墓地内において墓地を造成した際、思い込みから県知事への墓地経営許可申請が行なわれず、その結果、許可を受けぬまま埋葬地として使用させてしまった区画があったことにつき、学会員が刑事告発や民事訴訟を起こした、いわゆる「大石寺墓地事件」と呼ばれるものと、合葬納骨を願い出た学会員から預かった遺骨を、同様の願い出のあった遺骨と合わせて大石寺境内地に埋骨したことにつき、その埋骨を”意志に反する不法投棄だ”として訴えてきた、いわゆる「大石寺合葬納骨事件」と呼ばれるものであろう。

司法が「実害なし」とした”申請漏れ”

それを「詐欺だ」と訴えた学会幹部ら

平成四年十二月十六日発行の『創価新報』に「違法な墓地造成が発覚大石寺」
「1350基、無許可の地域につくる」
との見出しが躍った。そこには、同年十二月三日、墓地利用者四人が、”大石寺の墓地造成は「墓地埋葬等に関する法律」(以下、「墓埋法」)に違反している”として、大石寺と、その代表役員の日顕上人を、静岡県警富士宮署に刑事告発したことが報じられていた。
総本山大石寺では、正本堂の建設に伴(ともな)い、それまでの墓地を移転する必要が生じ、昭和四十三年、五重塔東側の境内地に暮園を造成。その後、数次にわたって拡張を行なった。
その際、用地の一部に、墓地経営許可が未申請の土地も含まれてしまっていたのだが、すでに全てが申請済みであるとの思い込みから、未申請の土地も墓地として使用させてしまっていた。
それを知った学会員が、大石寺などを刑事告発した、というわけである。
さらに平成五年六月には、まずは三日に、女優の沢たまきら関東在住の学会員二十名(最終的には十七名)が、翌四日には、衆議院議員(当時)の近江巳記夫ら関西在住の学会員二十名(最終的には二十四名)が、大石寺に対し、”大石寺は、あたかも墓地経営許可を受けているかのように装って欺罔(ぎもう=いつわり、あざむくこと)するなどして誤信させ、墓地使用契約を結ばせた”などと、あたかも大石寺が詐欺(さぎ)行為を働いたかのごとく主張、それによって物質的・精神的な損害を受けたとして、それぞれ総額約一億円の損害賠償を求め、提訴に及んだのであった。
そして、このことは、『創価新報』(平成五年六月十五日号)が
「日顕(上人)よ一刻も早く責任とれ!」
「大石寺の違法墓地、東京・大阪で提訴」
「こんな詐欺行為断じて許せぬ!」
との大見出しを付けて報じるなど、創価学会によって、宗門攻撃のために徹底的に利用されたのである。
だが、そもそもが”申請洩れ”という単純ミスであり、かつ「墓埋法」の要件をきちんと満たしている墓地なのであるから、大石寺がなすべきことは、きちんとした手順を踏むことのみ。
学会員の刑事告発により許可申請洩れに気付いた大石寺はさっそく、静岡県知事に対し、当該墓地に対する許可を申請。平成七年十二月一日、および平成八年六月二十八日に、不起訴が決定したのである。
こうした情況を踏まえた大阪地裁は平成十年十月二十一日、
「(墓地使用契約締結に際し)被告が、墓地経営許可を受けていないことを認識しながら、右許可を受けているかのように装って原告らを欺罔した、と認めるに足りる証拠はなく、被告は墓地経営許可を受けていないことを認識せずに契約を締結した、と認めるのが相当」
「他の墓地区画と一体として整備されていて、墓地としての環境、管理状況において、他の墓地区画と何ら変わるところはなく、本件墓地区画について被告が墓地経営許可を受けていなかったからといって、原告らが本件墓地区画を墓地として使用する上で何らかの制限を受けたりしたことは一度もなかったということができ、原告らの権利ないし法的利益を侵害したとまではいうことはできない」として、近江らの請求を全て棄却。さらに、訴訟費用は近江ら原告が負担するよう命じ、大石寺全面勝訴の判決を言い渡した。
近江らは控訴したが、平成十二年七月二十八日、大阪高裁が控訴を棄却。近江らの上告も、平成十三年二月十三日に最高裁によって不受理とされ、近江らの敗訴が確定したのである。
また平成十二年三月十日には、東京地裁も沢らの訴えを棄却。最終的には、平成十三年十月十六日に最高裁が沢らの訴えを退けたことで、「大石寺墓地事件」は大石寺側完全勝利で幕となったのである。

正宗の化儀に則った合葬埋骨を問題視

”遺骨の不法投棄”と喧伝し訴訟に発展

さて昭和五十二年の初夏、大石寺の境内地(大納骨堂と、御歴代上人の位牌が収められた十二角堂との、ほぼ中間点)において、かねてより合葬納骨を願い出て大石寺に収められ、紙袋に纏(まと)められていた遺骨の埋骨が執(と)り行なわれた。
これには第六十六世日達上人が足を運ばれ、懇(ねんご)ろに読経・唱題された後、埋骨した場所には日達上人が丹精をこめられた杉の苗木五本を植えるよう指示をなされた。
こうして、合葬の願い出があった遺骨は、本門戒壇の大御本尊在(ましま)す総本山大石寺の土に還(かえ)っていったのである。
それから十七年が過ぎた平成六年六月__創価学会は突如、この出来事が”遺骨の不法投棄だ”と騒ぎ出し、大石寺誹謗(ひぼう)の大キャンペーンを張った。
「大石寺にまた新たな犯罪?」
「遺骨が不法投棄されていた!」
「大量の米袋が境内の空き地に」
とは、『創価新報』(平成六年六月一日号)の見出しである。
そもそも、最終的に遺骨を土に還すのは、日蓮正宗のみならず、大部分の仏教各宗派に共通する思想のはず。というのは、一般的な墓地のカロート(骨壺を収めるスペース)の大半は、その床の全部または一部分が「土間」になっていて、骨壺が収まりきらなくなった場合には、そのつど「土間」から遺骨を土に還せる構造になっているのだから。
しかし、そうした知識を持たぬ者、特に、創価学会によってしっかりと”宗門憎し”の感情を植え付けられてしまった者にとっては、”合葬骨が不法に土に埋められた”とする創価学会のキャンペーンは、より宗門への悪感情を高める方向に働いたろう。
しかも創価学会は、その前年、つまり、平成五年の夏から、
「あまりにひどい納骨実態 大石寺ほど腐敗した宗教はない」
「ゴミ捨て場同然の大納骨堂」
等と、『創価新報』(平成五年九月一日号)などを使って”大石寺の合葬骨の管理は杜撰(ずさん)極まりない”と散々吹聴(ふいちょう)してきていたから、”遺骨の不法投棄”報道についても、学会員がそれを丸々信じたとしても何ら不思議ではなかった、といえよう。
しかして、平成十二年三月九日、大石寺に合葬を願って遺骨を納めていた四人の学会員が、”昭和四十三年から五十二年頃にかけて、大石寺に合葬納骨を願い出て遺骨を預けたところ、預けた遺骨が他の遺骨と混和されて米袋に入れられ、土中に不法投棄された”などとして、埋骨された遺骨を大納骨堂内に収蔵することなどを求めて、静岡地裁に提訴したのである。
これに対し、静岡地裁は平成十四年三月二十七日、埋骨に至る経緯(けいい)には何ら問題はなく、埋骨そのものについても、「宗教的慣習または社会通念に照らして、不適切な方法であるなどと断ずることはできない」と判断して、四名の訴えを退けたのだが、これを不服とした学会員四名は東京高裁に控訴。
この控訴審において東京高裁は、埋骨に至る経緯については学会員の主張を退けたものの、大石寺が示した「埋骨は、故・日達上人の指示によるもので、日達上人御自ら、読経・唱題・回向をなされ、日蓮正宗の教義に則った形で他の合葬骨と合わせて埋骨したもの」という事実関係を認めず、学会員側が主張した乱暴かつ無造作な埋骨の情況と、他宗派の総本山や公営墓地における遺骨の合葬・合祀(ごうし)の形態とを対比して、大石寺の合葬納骨の在り方は、宗教的慣習ないし社会通念に照らして適切ではない、とする判断のもと、平成十五年四月八日、大石寺に対し、四名の学会員にそれぞれ五十万円ずつ支払うよう命ずる不当判決を下したのである。
この不当判決に対し、大石寺側は最高裁に上告したが、残念ながら裁判所の判断を覆すことはできず、同年十二月十九日、学会員への賠償を命じた東京高裁の不当判決が確定してしまったのである。
ともあれ、これら一連の墓地訴訟において、”言いがかり”ともいうべき訴訟を起こしたり、日達上人の御代における出来事を、日顕上人への攻撃材料に使うなど、これらが、まったく学会の怨念による宗門攻撃の一環であることは、誰の目にも明らかである。
また、「大石寺墓地事件」のように、常識的に考えれば訴えることすら憚(はばか)られる訴訟まで平気で起こすほどに、学会員は本部の洗脳によって、現実を見据える力も常識を弁える理性も奪われてしまったのである。
そんな学会員が起こした異常極まる事件は山ほどあるが、それについてはあらためて詳しく述べよう。

降魔の剣

▼本年も残り一ヶ月となった。本年を振り返ってみても、創価学会は衰退の一途を辿(たど)っている▼最大の原因は池田大作が頭破七分して長期不在となったことにある。二〇一〇年五月の本部幹部会を最後に姿を消してから、すでに八年半が経過した。もし勇退するならば、「本日をもって第一線から身を引くことにする」と宣言すべきであるが、突然消えた時点で、不測の事態が発生したことは明らかである。
八年半もリーダー不在、にも拘わらず「センセーはお元気で執筆活動にご多忙」などと見え透いた嘘(うそ)を貫き通しているのだから、組織の弱体化は当然の帰結である▼教義もコロコロ変遷し、根無し草のごとくであるから、会員の信も揺らいでいく。あげく、本門戒壇の大御本尊との訣別、創価学会仏の登場ともなってくると、邪宗からも突っ込まれるほどの体たらくだ。
根源から遠離(おんり)した三証不具の団体には衰退の道しかない▼邪義と成り果てた学会を信じ実践しても、当然、会員には功徳の現証が現われない。
冥罰(みょうばち)によって人生を蝕(むしば)んでいくだけであるから、高いモチべーションなど維持できようはずがない▼公明党も政権与党に長期間居座っているが、もはや自民党の補完勢力・金魚の糞(ふん)的存在に成り下がっている。
「自民に歯止めを」などと言いつつ、自民党に擦り寄って、次々にかつての主張とは逆の法案成立に貢献するのだから、身内の学会内部からも非難が出るのは当然だ▼
かくして、学会はあらゆる面で、その勢力が低下している。波田地某等、かつての邪義発案の中心者までが放逐(ほうちく)されたことから考えても、末期的病状だ。
しかし、私達は油断することなく、異流義教団・創価学会への折伏を継続していかねばならない。
近づく池田大作のエックスデーを見据えて。

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