日別アーカイブ: 2017年12月29日

池田大作は宗教指導者として失格! その人間性が表われた呆れた肉声

(『慧妙』H29.9.1)

差別意識を丸出し破廉恥発言も次々

騙され続けている学会員は必見!

本紙は七月一日号・八月一日号で、いわゆる”池田神話”が、いかにデタラメな作り話であるかについて検証。それによって、池田大作が、自作自演の粉飾と演出によって自らを神格化してきた、およそ宗教指導者にあるまじき失格者であることを証明した。
しかしそれだけでは、池田大作の人間性を完全に暴(あば)けた、とはいえない。
池田という人間を知るには、その”生の声”がいかなるものであるかを知る必要がある。
そこで今号では、これまでに露見(ろけん)している池田大作の「生の声」を集めてみた。

ついつい洩らした差別意識と本音

呆れるばかりの池田の”裏の顔”

まずは、次のような問題発言。
「このあいだ、オバサン、オバサンジョ(※ナイジェリアのオバサンジョ元国家元首)だ。二つ字を加えなきゃオバサンだったが、男だったんですよ。アフリカ全体の中心的人物だ。じつを言えば頭がいいんです、なかなかねェ。アフリカっていうと、
       ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・
少しねェ、黒くてねェ。
・・・・ ・・・・・
そう、そんなもんじゃない、先入観がよくない。」(平成四年四月二十六日・第八回中部総会)
さらにはこんなものも。「クリントン元気かしら。あのようにね、口をうまく、うんと、うんと、人をごまかしてねェ。警察に捕まんないように。ンフフフッ。口をうまく、クリントン以上に口をうまくね。」(平成五年一月二十七日・アメリカSGI&関西合同総会)
「ハワイ!(と、ハワイから来たSGIメンバーに呼びかけ)マハロー!(※ハワイ語で感謝の意を表わす言葉)マハロー! バカヤロー! バッハロー!」(同前)
「サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、ありがとうございます。
サンキュー ソー マッチ。三月には、今度は中部もお世話になります、と、お世辞を使っておいたほうが、コーフ、広布基金がたくさん取れるということを、私は声を小さくして申し上げておきます。(※この発言の後、通訳に翻訳しないよう口止め)」(同前)
これらの発言は、当事者(オバサンジョ元国家元首)がそこにいないからこそ、あるいは、日本語を理解していないであろうSGI会員を前にしてだからこそ言い放ち得た、人種差別・外国要人侮蔑(ぶべつ)・金儲(もう)け第一主義発言である。池田は、世界平和と博愛を説く”表の顔”の他に、このような呆(あき)れた”裏の顔”を持っているのである。
その”裏の顔”を、うっかり表舞台で出してしまったのは平成七年のこと。
この年、国賓(こくひん)として来日した南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ大統領と会見した池田大作は、突如、周囲が目を丸くして驚くような、常軌を逸(いっ)した行動に出た。
すなわち、挨拶を交わした直後、突然、大人が子供にするように、大統領の頬(ほお)を撫(な)でて可愛がった(!?)のである。
この行為に対して「国賓に対し、あまりにも非礼である」との批判が噴出したことを、記憶されている方も多かろう。

破廉恥・下品で思いやりも欠如!

発言に表われた池田の異常な人格

そんな池田は、次のような破廉恥(はれんち)発言も、たびたび行なっている。
「杉本君(杉本芳照総務=当時)はばかに痩(や)せている。生気がない。(中略)肺病を直すのは護符を頂き、夫婦生活をやめて、十一時以内に帰る。これをやれば直るよ。やりすぎだ。諸法実相で姿を見ればわかるよ。肺病にも、先天的な体、青木さん、山川とか結婚前になるのが多い。顔の皮膚が透き通った様な感じでわかる。それ以外はやりすぎだ。なさけない顔だ。」(第二十一回社長会・昭和四十四年二月十九日)
「皆さん方もねェ、もうションベンしたいから早く(会合を)終わりたいな、って思っているよねェ。」(平成四年四月二十六日・第八回中部総会)
「本当はねェ、あのう、私もね、十万(人)か二十万(人)でねェ、本山でねェ、日顕(上人)追放をやろうと思ったけどねェ、青年部は立ち上がったけどねェ、なんか、ションベンする便所がないから、あ~んまり大勢で。で、食事がないもんよォ、富士宮は何もないもんよォ。」(同前)
「金のタマゴ、キン○マじゃないよ。」
「糸満平和会館て、これ名前変えた方がいいんじゃないかな。・・・・・・ウーマンっぽい、ウーマンっぽい、糸満なんてウーマンっぽい。
(※会場はあまりウケない)・・・・・・駄目(だめ)か、もっといい、ね、いいのは、キンマン、いや、イトマン、キン○○コだよ!(会場爆笑」(平成五年七月七日・第六十八回本部幹部会)
まことに下品な発言ばかりを並べて恐縮だが、しかし、これらの発言がいちばん、池田大作の人間性を浮き彫りにしているのではなかろうか。
これらの発言、じつは、池田にとってはそうとう気の利(き)いたジョークを口にしたつもりだったようだ。その証拠に、池田は「イトマン」発言に続けて、さも得意げに、「私の話が高尚(こうしょう)で、そしてわかりやすく、そいで哲学的で、そいで文学調で、詩的で、そいで会話的である。頭がそうとう聡明でないと、追っついていけないんです。そいで、行き詰まったところで、コーラスやって、みんなでウップン晴らしをすると。それが、芸術的、SGIの本当の仏法の行き方なんです」
などと宣(のたま)っているからである。
だとすれば池田は、下品であることに加え、人を思いやる気持ちなど、全く持ち合わせていないことが明らかである。
何より、沖縄における戦時下の悲劇を悼(いた)むべき場面で、突然、「キン○○コ」などと叫ぶ異常ぶりに、開いた口が塞(ふさ)がらない。

敵対者のみか”用済み”の身内も切る

発言から見える池田の冷酷無情な本性

そんな異常者・池田が、自らに敵対したり反逆する者に対して、どのような非人道的発言をするか、というと、
「全員が『勝つ』と強く決めていけ! 勝つか負けるか。やられたらやりかえせ。世間などなんだ! 私は恐れなど微塵(みじん)もない。勇者は私だ。私だけ戦っている。強気でいけ! 強気で勝つんだ! 強気、強気、強気・・・・・・でいこう。どこまでもしぶとくいくんだ。(中略)なんでもいいから、言い返すんだ。
こわがったり、ひるんだりしてはいけない。怒鳴っていけばいいんだ!(中略)
反逆者には『この野郎、馬鹿野郎』でいいんだ!」(平成元年三月十二日・埼玉指導)
「あのー、まぁ日顕(上人)なんか、その(イヤな奴の)代表だっていうんだ。
ほんな、針金で結(ゆ)わえて、あの頭、トンカチでぶっ叩いてね」(平成四年十二月十三日・全国青年部幹部会)と、まったく非合法攻撃を奨励するかのごとき暴虐(ぼうぎゃく)ぶりなのだ。
こうした発言を拾いはじめたらキリがないのでこのくらいにしておく。
ともあれ、「今、世の中は個人主義、自由主義になっているが、本当は全体主義は一番理想の形態だ」(第六十一回社長会・昭和四十七年六月十五日)
と言い放ち、「独立国を作ろう。創価王国、創価共和国だな。そうすれば文部大臣は森田さん。大蔵大臣、中西さん。外務大臣、小島さん。軍需大臣、木村。運輸大臣、田中。建設大臣、杉本。宣伝大臣、横松。北条さんは警視総監。全部いるよ。」
(第十回社長会・昭和四十三年三月二十二日)
などと思い描いていた池田の目論(もくろ)みが、もし現実のものとなっていたなら、日本は今の北朝鮮ばりの恐怖国家になっていたことだろう。
また、池田の冷酷さは、敵対者・反逆者に対してだけでなく、利用価値のなくなった味方についても、次のように平気で斬って捨てるところに表われている。
すなわち、第一次創価学会問題の責任を取って辞任した池田の後を受け、第四代会長となった北条浩氏__「創価王国」では警視総監を務めることになっていたほど、池田からの信任が篤(あつ)く、かつ池田を護るために奮闘を続けてきた北条氏が、昭和五十六年七月十八日に心筋梗塞で亡くなった際、「池田は、葬儀会場に遅れて登場し、入ってくるなり、葬儀の厳粛さなどお構いなしに『暑いなあ、暑いなあ、こんな暑い時に死ぬのはやめようよ!』と話し始めた」(小多仁伯氏の証言)のである。
池田大作に、北条氏への感謝の念が少しでもあったなら、絶対に出るはずのない無慈悲な一言。こんな言葉が簡単に出てしまうのだから、池田の本性がいかに冷酷無情であるかが、よく判(わか)ろうというもの。
表と裏の顔が百八十度違い、希代の俗物にして、その本性は冷酷無情__。こんな男が宗教指導者として適任であるはずがない。
学会員諸氏よ、この真実から、けっして目を逸(そ)らしてはならない。

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