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テレビが伝えないアパホテル前で南京デモを行う支那人に断固抗議をする現場!

【平成29年2月5日】 アパホテル前で南京デモを行う支那人に断固抗議を!

雨天の中、抗議街宣をお疲れ様でした。

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テレビが伝えないすべての二重国籍議員の辞職を要求するデモ行進の現場!

しばき隊は絶滅か?-1(たった2匹 チョンドン屋,コビト組長)すべての二重国籍議員の辞職を要求するデモ行進 水谷橋公園→常磐公園【4KウルトラHD】平成29年2月4日

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(2面)カルト創価を斬る!

(『慧妙』H28.12.16)

元公明党副幹事長・学生東大総合委員長  福本 潤一   

第63回

学会・公明党の過去と現状、そして将来

「池田亡き後の創価学会・公明党の方向」
ジャーナリストも関心寄せた講演のテーマ

私は、「池田亡き後の創価学会・公明党の方向」というテーマでの講演依頼が
あったため、去る十一月二十五日(金)に、東京・水道橋で講演をした。
この講演会は、雑誌編集長たちにより、「現代を聞く会」シリーズとして行なわれており、それまでも菅元総理がこられたり、次回には民主党の元総理も寄られるとのことで、政治・宗教問題も含めマスコミが必要とする最新の情報を集めており、レベルの高いもののようだ。
さて、これまでの創価学会の動向を、大きな節目ごとに追って見てみると、1960年には、池田大作の会長就任式があった。
その十年後、言論弾圧事件を糾弾された学会は、政教分離を約束し、池田が政界に出ないことも約束した。
以来、池田は、政界の王者・総理を断念し、法王(西欧社会でのローマ教皇のような存在)を目指すことになった。総理がだめなら宗教界の王者となり、日蓮正宗をも傘下に取り込む道を、猪突猛進で突き進んでいったのである。
そして、日蓮正宗の代々の猊下をないがしろにし、御本尊より池田大作のほうがすごい、マインドコントロールするなど、日蓮正宗の信者団体から、池田教の信者団体に変質させる運動に突入した。
1979年に池田が会長を辞任し、福島源次郎副会長に責任を押し付けたのが、第一次学会事件だった。
そして怨念の四月二十四日のことを、野崎勲副会長ら四人に責任転嫁する長文の詩を詠(よ)んだ。四人が私を辞任に追い込んだとして、以後さんざんこの四人を罵倒(ばとう)した。
その後、北条会長によるクーデター説に、自身の会長辞任を責任転嫁し、当時の藤田栄女子部長など最高幹部十人を極悪人指定までしている、という。
これを見ると、東大の某医学者が言うように、池田は究極のナルシストであり、究極のエゴイストである、と認定できよう。要するに、と自分は何をしでかしても悪くなく、創価公明が悪くなるのは全て周りの側近や最高幹部が悪い、との責任転嫁である。
1980年代は、宗門から池田の信仰心が問われた時期であり、まさに池田の資質の問題があぶりだされた、といえよう。これが第一次学会問題である。
さらに1990年代には、創価は、日蓮正宗から破門され、池田自身も信徒除名処分となり、ニセ本尊を発行しだした。第二次学会問題の開始である。
このニセ本尊の決定にあたっては、日蓮大聖人の仏法を真摯(しんし)に追究しての結論などでなく、世俗的に裁判に訴えられても「肖像権や著作権」の観点から、敗訴しないことを前提に決定された、という。
こうして創価学会は、宗教教団の根本である本尊と教義を改変した。基本的には日蓮正宗の教義に依存していた創価学会は、独自の宗教教義の樹立を目指したものの、混乱に陥(おちい)っていった。
2013年、信濃町大誓堂新設にあたって、創価の憲法(会憲)の樹立を図り、日蓮世界宗創価学会として再出発を図ることを計画。
日本創価学会の会長が、その会長を兼務し、各国SGIをその配下に位置付けることを目指した。
が、各国SGIや教学陣の反対もあり、その計画はとん挫した。
池田大作が生ける屍(しかばね)状態であることもあり、四人組(原田・八尋・谷川・秋谷)とも称される執行部は、この計画の立て直しに、2014年の教義改変、2015年の会長の任期変更による原田会長の三選を実行。これで池田の後継を原田ら四人組が握ったとされ、正木元理事長ら創価大学OBの最高幹部等は粛清(しゅくせい)解任の嵐の中にいる。
教義においても、宗祖本仏義が見直しされ、脱日蓮正宗化が進行中である。
こうした本尊・教義の改変という重要事項にもかかわらず、池田大作名誉会長は、この件について一切発言していない。
私の講演の中で、こうした状況について説明したところ、聴衆からも大きな反応と質問が続いた。
そして、このわかりにくい創価の最近の動きを、ジャーナリスト高野孟さんが十二月一日の『日刊ゲンダイ』でわかりやすくまとめてくれているので、以下に引用する。
<日本の政治を著しく歪める創価学会と公明党の「急所」(高野孟)
先日、元公明党議員の話を聞く機会があった。創価学会、そして公明党が陥っているアイデンティティー危機は想像以上に深刻なようである。何よりも、カリスマ的指導者に祭り上げられてきた池田大作名誉会長が、もはや巨大な学会組織の統合力としての機能を失っている。周知のように、池田は2010年五月の本部幹部会に出席して以降、今日まで六年半にわたって一切、人前に姿を現していない。その原因は元議員によれば重病で「正常な判断力を示すことができない生ける屍」状態にあるからである。学会が昔のように日蓮正宗の信者団体という位置づけであれば、会長が交代すればいいだけの話だが、教義やご本尊の扱いをめぐる対立が高じて、九一年に日蓮正宗から破門された後は「池田教」として組織の存続を図らなければならなくなったのだから、これは存亡の機である。ところが、七百年からの歴史を持つ教義とご本尊を捨てて、別の何かを立てるのが容易なことではないことは、門外漢にも分かる。
混乱続きの末に、一三年には信濃町に「大誓堂」を建設し、それに合わせて「日蓮世界宗創価学会」という世界的な宗教団体を立ち上げ、その会長を日本創価学会の会長が兼ね、その配下に「創価学会インタナショナル(SGI)加盟の世界百五十六団体を支部として組み込むという組織構図に移行しようとしたが、異論続出でまとまらず、結局、今も教団としての形すら定まらない。その状態で池田が生ける屍ではまずいので、「元気にしておりますよ」という話にして、その虚構を維持するために流行作家並みの勢いで本を出したり、写真展を開いたりしているが、もちろんすべて本部スタッフの代作である。
学会それ自体がどうなろうと世間とは無関係だが、問題はこの教団が公明党という
政治部隊を抱えていて、教団が危機に陥れば陥るほど、権力からの介入・弾圧を恐れて限りなく自民党にすり寄っていこうとしていることで、これが日本の政治を著しく歪める原因となっている。現在、ミイラ同然の池田の威光を背に学会を仕切っているのは原田稔会長、谷川佳樹・八尋頼雄両副会長ら「東大閥」で、彼らは組織崩壊を恐れて自民党にしがみつこうという路線に徹している。
それに対して、正木正明前理事長はじめ「創価大閥」は、もうこんなことはやめて、連立解消、小選挙区制徹退、平和の党に戻ろうという路線だが、今のところ前者の「毒を食らわば皿まで」派の優位は変わりそうにないという。>

http://emyo.jp/

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